日本旅游导游词(3篇)
人的记忆力会随着岁月的流逝而衰退,写作可以弥补记忆的不足,将曾经的人生经历和感悟记录下来,也便于保存一份美好的回忆。大家想知道怎么样才能写一篇比较优质的范文吗?以下是我为大家搜集的优质范文,仅供参考,一起来看看吧
日本旅游导游词篇一
今天,我带领大家去故宫参观游览。故宫又称紫禁城,在北京城中心。占面积72万多平方米,宫殿有楼阁9900余间。是明、清两代皇帝的住所。城四周各设一门,南面的正门是午门,北门叫神武门,东门叫东华门,西门叫西华门。据说,造就故宫就召集了全国著名的工匠23万人左右,民夫100万人,由此可以知道故宫多少大,有多少壮观。故宫整个院落分为两大部分,即“前朝”和“后寝”。“前朝”是皇帝举行盛大典礼的地方,以太和殿、中和殿、保和殿及东西两侧的文华殿及武英殿为主。“后寝”是皇帝及后妃、未成年的子嗣们居住的地方,主要以乾清宫、交泰殿、坤宁宫及东西六宫为主。
大家请看,这座建筑物就是午门,午门又称五凤楼。明代,每年正月十五,午门都要悬挂灯赐食百官。到了清代,这个活动就取消了,此外,国家凡有征战凯旋时,皇帝都要在此接受献俘典礼,皇帝亲征也从午门出驾。关于戏曲舞台上“推出午门斩首”的说法,实际上是明代朝廷命官犯罪在午门廷杖,好,我们再往前走。
现在我们已来到了太和殿广常这是铜香炉,这里一共有18 个,代表清朝18个剩东西两侧各有一只铜制的仙鹤和龟,是代表长寿的象征。看,现在展现在我们眼前的是太和殿,是整座紫禁城内级别最高的建筑,只有皇帝举行盛大典礼时才使用,象征皇权的至高无上,。太和殿俗称金銮殿,太和殿正面有12根大柱,东西约63米,高35米。整个大殿雕梁画栋,一条条巨龙蜿蜒盘旋在大红柱子上,这些龙姿态不一,刻画的栩栩如生。整个宫殿也非常豪华富贵。殿内有2米高的平台,上面雕刻着9条金龙的宝座。后面有金漆围屏,前面有御案。殿顶形式为最高等级的重檐庑殿顶,就连大殿正脊上的吻兽也是我国目前最大的,总之处处显示“第一”。
看完了太和殿,我们再来看中和殿。大家请看!中和殿是皇帝在大典前等待吉时、稍事休息的地方。下面,请大家跟我来一起参观当时的国宴厅--保和殿。各位朋友,这座大殿是故宫前朝三大殿中的最后一座大殿,叫保和殿。这座大殿被称为清代的国宴厅及科举考常
现在我们来到了乾清宫,这是皇帝在紫禁城中居住和处理日常政事的地方。乾清宫分为中殿、东暖阁及西暖阁三个部分。正殿是皇帝处理日常政务、临时按见大臣的地方,殿中设有皇帝宝座及御案,正中挂着一块“正大光明”匾,那是清朝皇帝的祖训,作为治国、修身、平天下的基本准则。东、西暖阁是皇帝晚上住宿的地方。
现在请各位随我去参观交泰殿。各位请看,这座四角攒尖顶的大殿叫交泰殿,这座建筑是明清两朝皇后过生日时举行寿庆活动的地方。在大殿后墙匾额上有“无为”二字,那里是康熙皇帝的御笔,意思是希望后代能够以德制国,施以仁政,以图国家长治久安。
各位朋友,现在我们来到了紫禁城的后花园--御花园,这里是帝后们的休闲娱乐的场所。大家可以在此拍照留念。
由于时间关系,我们就先讲到这里,下面给大家2小时自由参观的时间,请大家不要在墙上乱涂乱画,保护文化遗产,希望大家玩的愉快。
日本旅游导游词篇二
それでは、故宮博物院をご案内いたします。
天安門をくぐり、300メートル進むと、古い建築群があります。これこそ世界に有名な「故宮博物院」です。故宮は今まですでに600年近くの歴史があります。明代の永楽4年(1406年)に工事にかかり、14年間を費やして永楽18年(1420年)にできあがったのです。主な三大殿は初めのうち奉天殿(ほうてんでん)、華蓋殿(かがいでん)、謹身殿(きんしんでん)と名づけられましたが、清代の嘉靖11年(1562年)皇極殿(こうきょくでん)、中極殿(ちゅうきょくでん)と建極殿(けんきょくでん)と改名されました。
現在の太和(たいわ)、中和(ちゅうわ)、保和(ほうわ)という名は清代の順治年間(1645年)から使われてきたものです。600年に渡る長い歴史の中で故宮は地震や雷による災害などで、何度も破壊され、そのつど修復や立て直しが行われましたが、今もだいたい明代の風格をたもっています。14年の歳月と20万人の労働力によって1420年に完成して以来、最後の皇帝溥儀(ふぎ)まで、明と清の両時代の皇帝24人の居城となり、宮廷が置かれていて、紫禁城とも呼ばれています。紫(むらさき)というのは紫宮(しきゅう)ということですが、紫宮とは天の中央にある星で、天の神のいるところと昔の中国の人は思っていました(実は北極星を指しています)。それで皇帝が自分の宮殿に紫禁城(しきんじょう)と名づけたのも、皇帝は天の神のいるところに生きているという意味なのです。「禁」は一般の人が近寄ることを禁止する意味です。
紫禁城の敷地(しきち)面積は712ヘクタール、南北の奥行きは960メートル、東西の幅は750メートルで、周囲は高さ10メートルの城壁で囲まれています。城壁の外側には幅52メートルの堀があり、俗に「筒子河(トンズホ)」と呼ばれています。つまり筒(つつ)のように丸く一周する堀という意味です。建築面積は16.5万平方メートル、700あまりの建築物と約9000の部屋があります。これは柱と柱の間を1間(ひとま)と数えています。我が国では現在完全に保存されている最大の古い建築物です。
故宮は主に「前朝(ぜんちょう)」と「内廷(ないてい)」に分かれています。歴代の皇帝が儀式や祝典など対外的な政務を取り仕切ったところが前朝で、太和殿、中和殿、保和殿の三殿を中心とした公(おおやけ)の場です。「内廷」は乾清宮(けんせいきゅう)、交泰殿(こうたいでん)、坤寧宮(こんねいきゅう)及び御花園(ぎょかえん)を中心として両側に東西六宮などの宮殿が立ち並んでいます。皇帝と皇后、妃、王子(おうじ)たちの日常生活の場所でした。伝統劇の中での「三宮六院」(さんきゅうろくいん)という言葉はこの内廷に由来しています。
故宮で開放されている地域は5つの見学コースに分けられます。それは「中路見学コース」、「外東路見学コース」、「東路見学コース」、「内西路見学コース」、「外西路見学コース」です。
「中路見学コース」とは故宮の中軸線に沿って「午門」(ごもん)からずっと「神武門」(じんぶもん)までの見学コースで、有名な「前三殿(ぜんさんでん)」つまり、前の部分にある太和殿、中和殿、保和殿の3つ宮殿と、「後三宮(ごさんきゅう)」後ろの部分に位置する乾清宮、交泰宮、坤寧宮がこの見学コースにあります、いずれも当時の紫禁城の最も重要で、豊かな歴史文化の意義を持つ建築です、従ってこの「中路見学コース」は、今日の故宮見学の中でも主なコースとなっています。
「外東路見学コース」、「東路見学コース」、「西路見学コース」は故宮の中軸線の両側を歩くコースで、それぞれ「西六宮」、「東六宮」などが見学できます、これらの建物の中では、当時の妃、嬪(ひん)(妃よりも地位の低い宮女)らが生活しており、興味深い数多くの後宮(こうきゅう)物語がこれらの建物とともに広く伝えられています。
これから見学しながら少しずつご紹介します。まず一番重要な中路見学コースです。
日本旅游导游词篇三
今日はこれから故宫へご案内しますが、少し时间がございますので、故宫のあらましをご说明したいと思います。
故宫とはその字が表すとおり古い宫殿という意味で、中国の明、清両王朝の皇居として建造されたものです。当时は紫禁城と言っていましたが、1925年に故宫博物院と改められ、一般に公开されるようになりました。
紫禁城の造営を命じたのは、明の第三代皇帝朱てい、つまり永楽皇帝です。今から600年前の1406年に造営が始まり、约15年间かかり、1420年に落成しました。その后、何回も立て直されたり、増筑されたりして、いまの规模になりましたが、ここで明、清両代に渡って24人の皇帝が全中国を支配していたのです。
紫禁城は昔の北京城、つまり北京の町の中央线上にその中心が来るように建てられていて、その建筑规模は世界に并ぶものがありません。しかも、中国において、最も完全に保存されている最大の古代建筑群です。紫禁城は长方形で、南北960メートル、东西750メートル、敷地面积は72万平方メートル、建筑面积は15万平方メートルにも及んでいます。こんな広大な敷地の中を详しくご覧になるのでしたら一周间ぐらい必要だそうです。そこで今日は特徴あるところだけに触れ、実际に见学なさるときにまたその场でご案内したいと思います。
まず、故宫を见学されるとどなたでもすぐ気付かれることは、一种独特な色彩であることでしょう。宫殿全体を取りまいているのはベンガラ色の壁です。この色は単に美しいためばかりでなく、古来中国では尊さと豊かさを表すものとして、用いられてきました。また、夥しい建筑群の屋根は黄、绿、黒、紫などの瑠璃瓦が使われています。黄色は中国の五行学说の中で中央の方角を代表しているので、皇帝の色とされてきました。ですから、皇帝の住まい及び政务を司る所の建物には全て黄色の瑠璃瓦を用いたわけです。皇子たちの住まいには黄色に准ずる色として绿色の瑠璃瓦を用いていますし、文渊阁と名づけられている书物を入れておく仓库は、黒色の瑠璃瓦になっています。なぜ黒を使ったかと申しますと、黒は水を代表する色であったので、书库を火灾から守るためだそうです。さて、故宫の中へ一歩足を踏み入れられますと、どなたもどのぐらいの部屋があるのだろうかと思いになることでしょう。実は、この広大な敷地の中には9000间以上あるといわれています。最もこの「间」というのは柱と柱の间を表す言い方ですので、実际にはずっと少なくなるわけですが、それにしても夥しい数に违いありません。数え上げるのに相当な时间と根気がいるのです。
次にこれらの建物がどのように使用されてきたかについて、ざっとご说明したいと思います。故宫は主に前朝と内廷に分かれており、前朝は皇帝が厳かな式典を行い、権力を示す场所です。「太和殿」、「中和殿」、「保和殿」という三大宫殿を中心として、「文华殿」、「武英殿」が両侧に立っています。内廷のほうは「乾清宫」、「交泰殿」、「坤宁宫」及び「御花园」を中心に、両侧には东西六宫などの宫殿が立ち并んでいます。「乾清宫」は皇帝が住んでいた所ですが、ここも日常の政务が执り行われたり、大臣、部下や外国からの使节と会见する场所として使われていました。「交泰殿」は皇后の诞生祝いの仪式を挙げる所ですが、ここには皇帝の権威を表す25个の玉玺、つまり印鉴が纳められていました。「坤宁宫」は皇后の住まいとして使われた所です。「御花园」はもちろん皇帝、皇后、妃、皇子たちの憩いの场所。